今夜は猛暑に読みたい!鬼才・山岸凉子先生の【恐怖・怪奇作品特集】。恐ろしいのに読む手が止まらない、そんな恐怖体験をお届けします…
◆第三夜【山岸凉子 恐怖・怪奇作品特集】
まだまだ寝苦しい夏の夜は、ホラー片手に背筋を冷やすのが最高。今回おすすめするのは少女マンガ界の鬼才・山岸凉子の恐怖作品です。『アラベスク』『日出処の天子』『テレプシコーラ/舞姫』など数々の名作を発表してきた山岸は、「漫画は生モノ!」「今電子化しなくてどうする」と2021年から一部作品の電子化をスタート。ライフワークである恐怖・怪奇ものの短編集も手にとりやすくなりました。
まずは傑作『汐の声』(初出:「プチコミック」1982年11月号・12月号)。
霊感少女として売り出し中のサワは、オカルト番組の撮影で山奥の幽霊屋敷へ。自信のないサワは、いつもオドオド。次々と起きる奇怪な出来事に恐怖を募らせますが、誰にも信じてもらえず次第に孤立していきます。かつてこの屋敷で起きた忌まわしい事件とは一体何か……?
鏡の隅に霊が“いる”描写や大量の薬包、ベルトや風呂場を何度も指し示すかのような怪奇現象。サワの語りを軸にじわじわと幽霊屋敷の真相に迫る本作は、上質な心理サスペンスでもあります。若い女性であるがゆえに不当な扱いに対抗できず力を奪われていく恐怖には、発表から40年以上たった今もなお、リアルな痛みがともないます。
持ち主を次々と不幸にする呪われた人形を描いた『わたしの人形は良い人形』(初出:「ASUKA」1986年2月号~4月号)も、やはりラストシーンが大変怖いマンガです。ただしこちらはもはや痛快エンターテインメント!
夜中に人形が飛びかかってきたり、突然目玉が動いてこちらを見たり。恐怖の展開がめくるめくテンポで繰り出されていきます。最後の1コマまでみっちりとホラーがつまっているので、気を確かにお楽しみください。
実は本作には一人だけ人形の呪いが通じない女性として、主人公の母親が描かれています。理由は「しっかり現実だけを見つめている人」だから。『わたしの人形は良い人形』では小さなエピソードとしてポジティブに表現されていますが、この隔絶は『汐の声』でサワを孤立させたものと同じ。この世とあの世のあわいを敏感に感じ取ってしまう人の孤独こそが、山岸凉子の恐怖マンガに共通するものなのかもしれません。
近作の『艮(うしとら)』(初出:「モーニング」2014年2・3合併号~6号)は家系ホラーの装いですが、やはり視える人と信じない人の遭遇を描いた作品だと私は解釈しています。
新しい家に引っ越してから、なんだかおかしい。主人公の女性編集者は、取材先で霊能力者から鬼門とされる艮(北東)にある勝手口を塞ぐようにアドバイスされます。半信半疑ながらも、あまりに不運がつづくため改築に踏み切るとーー??
『艮』は編集者、霊能力者、霊という三者の語りによって物語が進行します。怪奇現象を人間・霊双方の目線で解説するわけですが、両者の中間にいる霊能力者のおばさま・由布由良がいい味を出しているのです。「だからァわたしのやってるのは"インチキ霊能者”」「わたしのような半端者にかぎって視えちまう」「他人を救う力なんてない」という由布の達観、『汐の声』のサワに聞かせてあげたい……! 三者の関係性のオチはぜひ本編をお読みいただくとして、80年代の作品でははかなげだった霊能力者がふてぶてしい強さを備えていることに、私はなんだかほっとするのでした。
ホラーを読む本当の楽しみは、怖さを経由してこの世界の「わからなさ」を誰かと分かち合うことにあると私は思っています(ノーテンキすぎるでしょうか)。山岸は不条理な怪異を、時にユーモアをまじえて、人間関係や心の襞の中からすくいとります。自身では「人って本当は常識で思っているのとは違う力があるんじゃないか」「そのとっかかりになるのが神がかりとか超常現象で、本人の勘違いかもしれないけれど、自分でも思っていなかった力が出てきちゃう」(『レベレーション』6巻収録完結記念特別対談より)と語っていますが、理屈で語りきれないものを探求する恐怖作品には、建前や常識を超えた、ある種の真実が記されているようにも思えるのです。
今回ご紹介したように、一貫したテーマが長い時間をかけて変奏されているので、作品を超えて追いかける楽しさも教えてくれる作家です。ホラー以外にも山岸凉子の名短編はたくさんあるんですよね。さらに電子化がすすみますように、と祈るマンガ読みでありました。
◆書籍紹介
『汐の声』山岸凉子(著) / KADOKAWA
霊感少女として売り出し中の佐和(さわ)は、オカルト特集のゲストに呼ばれ、取材班とともに郊外の無人の屋敷を訪れるが――(「汐の声」)。表題作のほか、いずれも恐ろしさに息を呑む短編「千引きの石」「夜叉御前」「キルケー」の全4編を収録。
『わたしの人形は良い人形』山岸凉子(著) / 講談社
疎開先から帰ってきた可愛らしい日本人形。しかし、その後忌まわしい出来事が……。表題作のほか、海で遭難した男が流れ着いた島で見たものは? 『バンシー』、『グール』の2作品を収録。
『艮(うしとら)』山岸凉子(著) / 講談社
出版社に勤める樋口晶子は霊能者・由布由良の取材をすることに。半信半疑ながら、気になることを言われて……。表題作『艮(うしとら)』のほか『死神』『時計草』『ドラゴンメイド』の怪異・恐怖ストーリー3作品を収録。
◆関連書籍
『アラベスク(完全版)I第1部1』山岸凉子(著) / KADOKAWA
現在のロシア連邦がソビエト連邦であった時代、キエフ・シエフチェンコバレエ学校6年生ノンナ・ペトロワは平凡な一生徒であったが、ある出会いで運命の扉が開きはじめた。バレリーナを目指すノンナの挑戦が始まる。完全再現された、数多くの貴重なカラー原稿と2色原稿を収録。バレエ漫画の名作の「完全版」!
『日出処の天子(完全版)1』山岸凉子(著) / KADOKAWA
ときは飛鳥時代前夜、権勢を誇る蘇我氏の後継者たる毛人は14歳。父に連れられて出仕した朝廷で、10歳の少年、厩戸王子と出会う。毛人と厩戸、ふたりの激動の物語が、いま始まる。数多くの貴重なカラー原稿、トビライラスト、予告カットなどを完全再現。日本の漫画界を代表する山岸凉子の最高傑作「完全版」!
『テレプシコーラ/舞姫 第1部 1』山岸凉子(著) / KADOKAWA
篠原六花は小学五年生。バレエ教室を開く母のもと、姉の千花とともにバレエを習ってきた。そんなある日、六花のクラスに不思議な転校生がやってきた。その転校生もまた、バレエを習っているようだったが・・・・・・。バレエに魅せられた者たちの運命が、今、ゆるやかに交差し、回りはじめる。山岸凉子の傑作長編バレエ漫画、第1巻!